Hatena::Grouprekken

murawaki の雑記

2017-04-24

日本語「形成」論

崎山理. 『日本語「形成」論: 日本語史における系統と混合』(2017)

先週某氏に出版されたことを教えてもらった。簡単なメモ。長文を書き散らす時間が確保できない。

日本語形成過程におけるオーストロネシア語族との「混合」を著者は長年主張してきた。その著者が80歳になる年にモノグラフを上梓した。研究の集大成ではないかと期待されるところ。知りたいのは、魔法の箱たる「混合」の中味。オーストロネシア語族話者がいつ、どの経路で日本に流入し、どのような形態の接触により「混合」が起きたと考えているのか。

実際に読んでみると異常に見通しが悪い。著者の仮説がまとまった形で示されない。結論にあたる章がなく、唐突に本論が終わる。では最初に仮説の全体像が提示されているかというと、第I部の表題は「従来の日本語系統論」。本書に散りばめられた断片的な記述を読者が拾い集めて再構成しなければならない。まとめて示すべき仮説の全体像がそもそも存在しないのかもしれない。だとすると、(1) 証拠を収集、(2) 仮説を提起、(3) 批判に耐え、対立仮説をつぶして確立される、という一連の流れのうち、本書は第1段階に留まっていることになる。

なぜこんなことになっているのか。推測だが、仮説が著者の人格と分かちがたく結びついていて、攻撃されうる要素をなるべく表に出さないように細工した結果ではないか。例えば、まえがきを見ると、いきなり DNA と言語系統を結びつける研究の批判からはじまる。*1 もちろんこの話には前提がある。DNA を見る限り、オーストロネシア語族話者が日本語話者の遺伝子プールに貢献したことを積極的に支持する証拠がない。しかし崎山はその件には触れない。読者としては、別に誰がとなえていても良いので、各種の証拠と整合する仮説が知りたいのだけど。

DNA に触れたので、著者が言及しない文献を挙げてみる。松本克己も単系統の Y-DNA と mtDNA だけを見ていたが、最近の流行りは全ゲノム SNP 解析。データサイズが大きいし、単系統ではなく組み換えがある。現代の沖縄県民 (沖縄、宮古、八重山の3地域) のサンプルの分析を見ると、台湾原住民との関係がまったく認められない。崎山は、オーストロネシア語族話者のなかでも、台湾の住人ではなく、台湾を出た系統が日本に入った可能性を考えている (p.24) が、それでも、まあ厳しいだろう。

とにかく、人類史を解明するための武器としては、DNA は量、質ともに圧倒的。現代人のサンプルだけでもわかることが多いのに、これも昨今流行りの古代 DNA を使えば、過去の状態が直接観測できてしまう。*2 骨形態などはどこかに吹き飛んでしまった。言語史の研究も、この先 DNA の分析に従属していくことになるはず。

ゲノム SNP を分析すると、人間集団の混合とそのおおよその時期が推定できる。子孫がいずれの言語を受け継いだかはわからない。しかし、少なくとも、人間集団 (特に文字を持たない集団) が、遺伝痕跡を残さず言語に影響を及ぼすことは考えにくい。インドの Parsi (ゾロアスター教徒) のように遺伝的に孤立していると想定された集団ですら、母系ではインド原住民との混合が見られる。大雑把に言って、全ゲノム SNP で、少なくとも 10% 程度の貢献が認められないようでは、大規模な言語接触の仮説は維持できない。

次は「混合」。第3章が「世界における混合語」という魅力的な表題だが、たった7ページで終わってしまった。原論文 (未見) は21ページあるのに。何が起きたのだろうか。そもそも混合説が支持を得られないのは、「混合」が魔法の箱にとどまっているから。現象を整理して、そこに成り立つ規則性を抽出し、それが日本語の場合にも当てはまることを示す必要がある。*3

一番紙面を割いているのは音変化。オーストロネシア諸語の coda を一律に落として開音節化するのは良いとして、日本語のアクセントに関する議論はよくわからない。語頭音節起源 (1群)、語末音節起源 (2群)、音節全体起源 (3群) に分ける (pp.70-71) が、分岐条件がわからない。関西で1音節名詞が2拍で実現される現象について延々と議論している。これがオーストロネシア語族との関係で何を意味するのかよくわからない。対応については、1群は類聚名義抄体系で低平調 (L(H))*4、2群は名義抄体系で高平調 (H(H)) に対応すると言いたいらしい。仮にこれを受け入れたとしても、この現象を tonogenesis と解釈するのは受け入れがたい。1音節名詞は2種類だけではない。類聚名義抄体系においては、解釈次第だが、1音節名詞は少なくとも3類からなる。残りの H(L) が説明されないまま。さらに Shimabukuro (2007) によれば、本土祖語と日本祖語 (Proto-Japonic) の1音節名詞は4種類からなる。

あとは気づいた細かい話が2つ。1つは隼人。「最も遅く日本列島に到達したオーストロネシア語族は、古墳時代以降の熊襲・隼人であった」(p.232) と主張する。熊襲はそもそも実在が疑われる。隼人も、永山 (2009)によると、「古墳時代南九州は、中期までは副葬品などの面で全国的傾向と大きく外れることはないが、後期に入ると現在の鹿児島県本土域は地域的独自性が増していく」(p.237)。外来集団の流入を考えずとも、比較的新しい時期の孤立によって説明できそう。「隼人は、七世紀後期、律令体制建設に邁進する政府によって設定された「擬似民族集団」」(pp.237-238) と見るのが妥当。

隼人と同じページの記述。「琉球の古称ウルま「宇流麻」も、ウル島が語源である。異説ではウルを鬱陵島にこじつけるが、地名の語源として地域的一貫性を欠く」(p.232)。私の知る限り、ウルマは知識人がもっぱら和歌で用いた雅称であって古称ではない。もとは藤原公任和歌に由来し、そこでは鬱陵島を指していた。

*1:明示されていないが、批判の対象は明らかに松本克己

*2:日本でも 2016 年になって三貫地縄文人の全ゲノム SNP 分析が出た。

*3:去年、類型論のデータを使ってその真似事のようなことをした。

*4:例外的な上昇調「歯」を除く