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murawaki の雑記

2013-01-01

米国企業でのインターンシップのための事務手続き 2010年版

年明け一発目から昔話。2010年夏に2ヶ月半ほど Silicon Valley の某企業でインターンをやった。事務手続きについてメモっておいたのだが、7割ぐらい完成した草稿をずっと放置してきた。椀屋さんが J1 VISA 取得手続きについてまとめているのを読んで、草稿の存在を思い出したので、仕上げて公開する。これに限らず、途中まで書いて放置している草稿がいくつかある。機会をみつけて放出していきたい。

disclaimer。一応これから行く人の参考になるかもしれないので公開しているけど、2010年の事例は古すぎるかもしれない。事務手続きについては、制度自体もちょくちょく変わっているみたい。あと、社外秘の情報は載せていないはず。

時系列

  • 前年12月末 インターンシップの話を聞く
  • 1月中頃 応募
  • 1月末 電話面接
  • 2月前半 採用の連絡; 事務手続き開始
  • 2月中旬 会社から事務書類が FedEx で送られてくる; フォームに記入し、必要書類をそろえて FedEx で送り返す
  • 2/25 ビザ申請の書類作成を開始
  • 3/1 ビザ申請書類を AIPT にメールで送信
  • 3月中旬 housing option について会社とやりとり
  • 4/27 AIPT からビザ手続きのメール
  • 4/29 AIPT からビザ承認のメール
  • 4/30 見切り発車で領事館面接を予約
  • 5/1 FedEx で書類が届いて、連休明けの面接に間に合う
  • 5/6 領事館で面接
  • 5/8 領事館からビザが届く
  • 5/13 飛行機を電話で予約
  • 5/18-23 LREC 2010 で発表するためにマルタに出張
  • 5/28 関空 -> サンフランシスコ
  • 6/1 インターンシップ初日
  • 8/20 インターンシップ最終日
  • 8/21-22 サンフランシスコ -> 関空
  • 8/23 関空 -> 北京; そのまま COLING 2010 に参加して発表
  • 8/29 国際会議を終えて帰国

夏にインターシップに行くためには冬に手続きを始めるのが普通らしい。やたら時間がかかるのがビザの手続き。椀屋さんが大変そうだったのは、採用されてから行くまでの期間が短すぎたからだと思う。

前任者がいて、その人が親切が服を着て歩いているような人なので、敷いてあるレールの上を楽々と走った感じ。それでも最後のほう、ビザの取得と、飛行機のチケットの手配はぎりぎりになった。

行きは少し時間的余裕をもたせた。金曜日に到着して、次の火曜日が初出勤。土、日、月 (Memorial Day) は休日。この間に荷物を整理したり、町を散歩したり。

余裕がなかったのは帰り。最終日が金曜日で、翌日にはもう移動。こんなことになってしまったのは、後ろに学会が控えていたから。結局インターンシップの間中ベイエリアに張り付いていた。もしインターンシップ後の日程に余裕があれば、遠出ができたはず。

しかし、この日程でも本会議初日には参加しそこねた。一応サンフランシスコから北京に直接飛ぶことも検討したが、事務手続きが果てしなく大変そうだったので断念した。

関空から京都まで帰って、翌日また関空に行くのが面倒だったから関空の近くのホテルで一泊した。インターン用の巨大な荷物のまま中国に行った。北京に行く前に荷物の一部を実家に送りつけてかさを減らしたが、重量制限が危なかった。

応募から採用まで

会社のインターン募集のフォームから応募。途中で HR (human resource) の人が挟まる。そして電話面接。西海岸の普通の就業時間に合わせようとすると日本時間で午前6時とかになってしまう。誰に何を聞かれるのかを事前に何も知らされていなくて緊張した。蓋を開けてみれば、メンターになる人と日本語処理の話を日本語でしただけ。回線の状態が悪かったが、日本語ならだいたい聞き取れた。これが1月末。

2月に入って HR の人からメールが来る。曰く「あなたのインターンシップ機会についておしゃべりしたい」と。何をするつもりなのかわからない。第二の関門かと思って焦る。実は採用されたことを口頭で伝えるという儀式だった。

この電話を受け取るまでにすったもんだ。メールで時間を調整して、予定の時間に電話の前で待っていたが、かかってこない。すっぽかされた。ことときには不採用になったのかと思って焦る。メールのやりとりは女性としていたのだが、電話に出たら男性が話しかけてきて、さらに混乱する。電話は低音ボイスが雑音に紛れてほとんど聞き取れない。担当者が出払っていて急遽代わりを務めたとのこと。アメリカの事務がいい加減という噂は本当だった。

そういうわけで採用されて事務手続きが始まる。まず書類一式が会社から FedEx で送られてくる。1週間ぐらいしてから。必要事項を記入して FedEx で送り返す。烏丸通蛸薬師の FedEx キンコーズで。会社側で途中まで記入していた返信用伝票は無効だと言われて書き直したり。

5月に国際会議で発表することが決まっていたのでインターンシップ開始を少し遅らせてもらう。この時点で COLING にも出すつもりだったが、落ちる可能性も高かったので、あまり気にせずインターンシップの日程を決める。採択通知を受け取ったのは、アメリカに着いた直後。

ビザの書類提出

時間がかかるのがビザの手続き。ビザの区分は J1。

手続きには、受け入れ先の会社以外に、ビザのスポンサーとなる団体が必要。会社から AIPT という団体を指定された。*1この団体から送られてきた書類を埋め、要求された書類を作って送信する。そこから全然音沙汰が無いので、何度か確認・催促のメールを送った。結局2ヶ月近くしてから、必要書類が発送された。その間彼らが何をしていたのかブラックボックス。その後送られてきた書類から推測するに、向こうの役所といろいろ面倒な手続きをやっていたらしい。

書類のやりとり方法。雇用の契約など、本当に重要なものは紙ベース。FedEx でやりとり。一度 Fax も送った。他はメールで電子的に。スキャナが欠かせない。どの書類が必要か直前までわからないのが困った。当たり前だが、サインばかりで、印鑑を押す機会はなかった。紙にサインしてそれをスキャンして送ったり。

作った書類。相手がビザのスポンサーと会社の両方あって、どちらに何を送ったか、記憶が少し怪しい。いくつか重複があったはず。気にせず列挙する

  • Exchange Visitor Application Form (指定の Word ファイル)
  • 成績と学位の証明
  • CV
  • 英語能力の証明
  • パスポートをスキャンしたもの
  • Reference Letter (推薦状)
  • Statement of Motivation (志望動機)

成績と学位の証明 (英語版) は大学の事務に発行してもらう。自動発行機で作ると名前を Yuugo にされてしまったので、パスポート準拠の Yugo に訂正したバージョンを作ってもらう。

Statement of Motivation は適当に作文。前半は career に関してテンプレ的に書く。確か後半に international cultural experience を書く必要があって埋めるのに一苦労。

Reference Letter はボスに書いてもらう。といってもある程度自分で原案を考えたけど。

英語能力の証明を要求されて慌てる。博士の入学試験のために一度だけ TOEIC を受けていたが、有効期限が切れていた。さいわい、授業の一環でたまたま GTEC というマイナーそうなテストを受けていた。駄目元でこれを提出。証明として認められないんじゃないかと心配したが、特に文句を言われることもなかった。それにしても、proficiency leval が Upper Intermediate で 5 段階で上から 2 番目になっていたが絶対嘘だ。

待てど暮らせど

ビザ関係の書類一式を完成させて 3/1 に AIPT にメールで送る。何の応答もない。心配になって 3/10 に処理が始まったか問い合わせると、処理中という返事が翌日に来た。

ここからまた何の音沙汰もない日々が続く。4/20 になって、「どうなってるの?」という確認のメールを AIPT に送る。in the review process だという返事。

4/27 になってようやく動きがある。AIPT からメールで送られてきた DS-7002 (Training/Internship Placement Plan) にサインしてメールで送り返す。

4/29 に J1 visa sponsorship が承認されたというメールが AIPT から届く。「以下の書類を FedEx で送るよ」と通知される。

  • DS-2019 (Certificate of Eligibility)
  • DS-7002 (Training/Internship Placement Plan)
  • SEVIS I-901 Receipt
  • Host Employer Offer of Training
  • Arrival Contact Form
  • Trainee Initial, Midterm, and Final Evaluation
  • Exchange Visitor Sponsorship Letter
  • Health insurance claim forms, an insurance card, and a brochure about the insurance coverage
  • AIPT Trainee Handbook and Cultural information
  • General Tax Information

すでに連休に入りつつあり、書類を受け取るのが連休明けになるのではないかと心配する。4/30 時点で書類の所在を確認すると泉南になっていた。なのに配達予定が 5/6 になっていて危険信号がともる。

領事館面接

最終的にビザを入手するには大阪の領事館で面接する必要がある。オンラインで予約する形式。まだ書類の現物が届いていない 4/30 の段階で見切り発車で予約。JPEG の写真が必要というからデジカメで撮る。郵便局でレターパック500を購入。

5/1 朝に FedEx で書類が届く。領事館の予約の日を連休明けの 5/6 に変更。持って行った書類は以下のとおり。

  • パスポート
  • SEVIS I-901 Fee Confirmation
  • DS-2019 (FedEx で届いたの)
  • DS-7002 (FedEx で届いたの)
  • 領事館予約の確認ページ
  • 成績表

手続き費用 13K を銀行で支払い領収書を取っておく。これを「確認ページ」をプリントしたものに貼り付ける仕様 (だったと思う)。残高証明書も一応用意しようかと思ったが、連休中で銀行が閉まっていたので断念。

5/3 に神戸の実家に帰省。5/6 に神戸から京都に移動する途中に大阪の総領事館に寄る。着いた時点で入り口ですでに4人ぐらいが並んでいた。8時半になる前に入れた。手荷物検査を終えると3階へ。ここでの応対は日本語。階段で2階へ。前の人は中国人だった。面接官は白人。英語を話すつもりで身構えいたのに、気がついたら日本語になっていた。5分ぐらい。あっけなく受理される。

ビザの添付されたパスポートは 5/8 に届く。

飛行機と住まい

移動の費用は会社持ち。2週間前までに往復チケットを買わないといけないことになっていた。結構ギリギリ。手続きについて音沙汰がないので、5/7 に会社に問い合わせてみると、「はるか昔に送ったはず」という返事。そんなメールは見当たらない。スパム扱いで削除されたのか、あるいは実は送信し忘れていたのか。

5/11 になって慌てて住まいの手続きをはじめる。社宅、というか集合住宅みたいなのを部分的に会社が借りている感じ。各家にインターン4人を詰め込んでいく方式。行ってみると、インターン以外の住人はみんなインド人だった。場所は会社のすぐ裏。徒歩で通勤できる範囲。

住まいの手続きで

  • deposit のためのカード情報
  • 運転免許証

を要求される。日本の運転免許証では意味がなさそうなので、パスポートで代用。

5/13 にチケットを手配。鬼門の電話予約。でも今回は問題なく手続きできた。女性の声のほうが聞き取りやすい。United Airlines しか選択肢がなかった。機内が異常に寒くて、到着後しばらく体調が微妙だった。

その他

  • 郵便局に不在時の処理について聞くと、不在時の留置は30日までとのことだった。郵便物は実家に転送してもらうように手配。
  • インターンシップ途中の7月に参院選があった。行く前に役所に問い合わせたところ、在外選挙人の要件を満たさないので投票できないとのこと。
  • 国際学生証を作ってみた。これがあれば学割が適用できるのだが、全然使う機会がなかった。一度 San Jose の Tech Museum で使っただけ。元が取れていない。
  • J1 のインターンでも働くには SSN (social security number) が必要。到着から 10 business day 以降に申請可能とのこと。6/15 に隣町の Mountain View の Social Security Administration に行ったところ、immigration records に登録されていないから処理できないと言われる。I cannot proceed の一点張り。AIPT に電話で問い合わせ。「なぜか DHS (Department of Homeland Security) の records に反映されてなかった。変更を申請したので、来週中頃に再申請しろ」とのこと。6/23 にもう一度 office に行ったら今度は成功した。結局 SSN を入手できたのは 7/9。
  • 週明けの 7/12 に銀行口座を開設。SSN がないと開設できないと思っていたが、銀行の担当者によると、頑張れば開設できたらしい。
  • 給与は paycheck (小切手) で支払われていた。物理的に紙を受け取る。銀行で換金する方式。当座の金には困ってなかったから口座と開設してから一気に処理した。現金化するのではなく、checking account に入れる。
  • paycheck は日本に持ち帰っても処理に困りそう。最後の paycheck は direct deposit にしてもらった。

*1:今確認したら Cultural Vistas という組織に変わっていた。