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murawaki の雑記

2014-10-15

翻訳する動機がわからない

良い機会なので翻訳に関する疑問を書いてみる。*1そもそも翻訳を生業としない人間が翻訳する動機がわからない。*2動機がわからないからことには、翻訳に関する生態系の作り方もわからない。

自分で翻訳するのをやめて久しい。だが高校生の頃はやっていた。OSS コミュニティの片隅で。思い返してみる。なぜやめたのか。自分にとって必要なくなったからだ。

なぜそれまで必要だったのか。答えは低い英語力と記憶力の限界だと思う。わからない表現の頻度が一定割合を超えると、辞書を引かないことには文章が理解できない。辞書を引き出すと、文章の内容を記憶しておけなくなる。だから、内容を思い返せるように、途中までで理解した (つもりになっている) 断片を書き出す。それを最後までやると訳文ができあがる。当然質は極めて低い。

必要がなくなった理由はその反対。辞書を引きまくらなくても原文が理解できるようになった。*3そうなると、翻訳なんて手間のかかる作業は時間の無駄。使える時間は有限。読みたい文章は無尽蔵。

ついでなので、なぜ自分にとって必要がなくなったらやめたのかとも問うてみる。結局、私は自分のためにしか、(翻訳を含む) 文章を産出できない。需要にあわせて供給することができない。*4なぜ自分のためになるかというと、翻訳に関しては、上述の通り、記憶力の限界を補って文章を理解する助けになるから。一般の文章については、書き出すことで頭が整理できるから。できた文章は副産物とも言える。その副産物をあえて隠しておく必要もないので公開する。それだけ。

最初の問いを少し修正する必要があるかもしれない。質の高い訳文を作れる人間があえて翻訳する動機がわからない。反対に、(結果的に) 低品質の訳文を作る動機であれば、少なくとも 1 つのサンプルがここにある。しかし、これが他人に当てはまるかは自信がない。

仮に他人に当てはまるとする。低品質の訳文の供給があったとして、それを活用できるだろうか。活用できるとすると、高品質な訳文を生成できる人の作業の省力化だろう。そのためには、低品質の訳文を土台とすることで、1 から訳文を作成するより、あるいは翻訳メモリや機械翻訳を使うよりも省力化できなければならない。直感的には、そうでもない気がする。仮に省力化に使えるとしても、高品質な訳文を生成できる人の供給が 0 に近ければ、1.x を掛けても誤差だろう。

*1:良い機会というのは、かつて同じ時期に同じ研究室にいた人がいま翻訳ネタで話題になっていること。

*2そもそも論を言い出したら、私にとって他人の価値観はわからないものである。他人が良いと評価するものが良いとは思えないし、自分が良いと思うものを他人は評価しない。なぜそうなってしまったのかわからないが、現状そうなっていることは認識している。

*3:質の良い訳文を作るには、原文を理解することが不可欠だが、それだけでは充分ではない。意味が理解できても、適切な訳文を思いつかないことは多々ある。

*4:ついでに言えば金銭も私を突き動かさない。そうでなければ大学に残るという愚かな選択はしなかっただろう。